2009年6月5日金曜日

スズメの涙。

No.309

昨日の朝、まだ飛ぶこともできない、スズメの子が、

家の庭に不時着していた。

「飛ぶこともできない」ので、

おそらく家の敷地のどこかに造っていた巣から落下したか、

あるいはどこからか歩いて来たか。

飛んで親元に帰ることもできず、庭にうずくまっていた。

巣が見つかれば戻してやることもできたのだけど、

探せど探せど、まともな巣は見つからない。

換気口に「巣」のような建築中の形跡は見つけたのだけど、

そんなとこに戻したら、また落下してしまう。

とはいえ、家内に連れて、餌でもあげてしまった日には、

その瞬間このスズメは野鳥ではなくなってしまう。

そもそも、スズメは飼ってはいけないのだ。



出社前のあわただしい時間、どうしようか迷ったのだけど、

ようやく歩き初めた子を持つ親のアタクシには、

飛びたくとも飛べないほどの「子」には弱いわけで、

結局のところ、庭の、よく目につく場所において、

あとは家族に託した。


出社後、ヨメからのメールによると、

どうも保護者らしき親スズメが現れたらしく、

餌をやっていたらしい。

よかったな。母親に会えたわけだ。


しかし、親スズメとはいえ、

まさかこの子を巣に運ぶわけにはいかず、

結局のところ、夕方にもなると、そこに置き去りにされてしまうのだ。

そして、このあたりは野良猫がいる。

案じたヨメは、今度は人目のつかない木の下の茂みに、

スズメの子を移動させた。

あぁ。誰にも見つからず、無事夜を越しますように。



翌朝。

ヨメとアタクシの願いもむなしく、

このスズメの子は、息を引き取った形で見つかった。

24時間前、自分の手のひらに乗っていた小さな命は、

儚くも、もうこの世にないものになっていた。

健気にも、その茂みからは動かずに、

また母親が餌を運んでくるのを待ってたに違いない。

母親も、餌をやるのに、またこの子を探しているに違いない。

結局のところ、このスズメの子を、人間は守ってやれなかった。

弱い子どもの野鳥を、人間たるものが、だ。

なんて無力なんだろう。


その朝も、何事もなかったように、

スズメはそこら中で鳴いている。

それがまた、この上なくむなしく、悲しく思えた。

時間は結局、何があろうと無常に流れていくもんなんだな。

スズメのお母様。ごめんなさい。

守ってやれなかったです。

2 件のコメント:

らば さんのコメント...

我が家でもなんどかスズメの雛を保護したことがありましたが、やっぱりうまく育ったことがありません。
一昨年、うちの庭からヒバリが巣立っていきましたがあれは感動しました。

Ken Tachibana さんのコメント...

らばさん、どうも。

巣立ち、いいですね。
そんな場面に立ち会えるのも、あの環境ならではですね。
たぶん都会に住んでたら、一生考えなかっただろうなぁ。